さぬき酒のお話

第十二代景行天皇皇子にヤマトタケルの弟にして讃岐国造の祖、神櫛王という方がおり、 十二人の王子と共に酒造りを行なっていました。(清水神社所縁)
亡くなった時王墓に星の像が刻まれました。


神櫛王墓(高松町)
*現在星の像はない

ヤマトタケルの皇子武殻王も神櫛王と讃岐を治めておりました。その四世孫の黒丸という人の家に井戸があり七月七日の夜、 女神がこの井戸の上現れお告げから祠を建て、星光が反射する美しい井戸であったことから「星の宮」と名付けたそうです。
この黒丸、酒造りの技術に長けておりそのお酒、芳醇其味甘烈で黒く澄んでいたとのことです。
帝より最高の名誉である「酒部姓」をいただき以後「酒部黒丸」と称しました。
もしかしたら清酒発祥の地は香川県かもしれませんね。

(宇閇神社:綾歌町)

 

清水神社 玉の井
清水神社 宇閇神社 星の宮

神櫛王から三十五世の益甲黒麿の庭に天平十九年三月十五日、天上より星が落ちてきて日興登魂命となり酒を醸した。そのお酒はとても美味しく、病人を癒し長生きさえさせる不思議な酒でした。帝に献上したところ大いに賞賛され「酒部」の姓を賜り以後「酒部黒麿」と称しました。琴南町の天川神社に語られるお話で、日興登魂命は境内の玉渕に身を沈め、則妙見星神となって天に帰られたということです。
さぬき酒には星にまつわる話が多く、古代より酒どころで、評価の高いお酒を造っていたようです。

さぬき香川県に来られた折には、さぬき酒ゆかりの地を巡ってみてはいかがでしょうか。
玉淵

天川神社 玉淵

天川神社(琴南町)
新讃岐酒史より(香川県酒造組合連合会 著者 濱 政一氏)

讃岐酒史・新讃岐酒史

著者 濱 政一氏によって書かれた讃岐お酒歴史・風俗・生業などを讃岐史他歴史書物と斬新な発想で書かれた著作物です。新讃岐酒史は、香川県酒造組合の前身、香川県酒造組合連合会によって昭和42年に非売品として発行されました。
題字は故第十五世西野嘉右衛門翁絶筆。

新讃岐酒史